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ジョルジュ・サンド(作家)

愛は存在する。幻ではないわ。今の私にはわかる。

愛の存在を素直に認めて、謙虚にならなくては。

私たちは、若さの驕(おご)りで、愛を逃した。

長い歳月の末、やっと気づいた。

真実の愛は、一度しかない。

私にとっては、彼だった。彼が私のすべて・・・・・。


―「年下のひと 」―





「年下のひと 」は、女流作家ジョルジュ・サンドと詩人ミュッセの愛を描いた映画です。

とにかく、切ないです。私的には、好きな映画のひとつです。

ジョルジュ・サンドはショパンとの愛のほうが有名かもしれません。

今回は、ジョルジュ・サンドです。






1804年7月1日に、オロール(のちにジョルジュ・サンド)は、パリで生まれる。

父は、貴族の血を引く士官。母は、小鳥商人の娘で、経済的理由から、父の上官の情婦になった女性。

4歳のとき、父が亡くなり、彼女と母は、父方の祖母のいるノアンで暮らし始める。

が、貴族的偏見から、当初からこの結婚に反対だった祖母と母との折り合いは悪く、数ヶ月で母は家を出ていく。

オロールは、母の愛情に飢え、母からの優しい言葉を待っていた。

だが、母はオロールに辛くあたり、オロールは残酷なまでに傷つけられていく。

その後、祖母がオロールを躾、教育の一切を引き受けた。

祖母やノアンの人たちは、母の生まれのことを悪く言う。

そんな母から生まれた自分も恥ずべき人間なのか。

自室に閉じこもることもあり、何をしても空しさを感じた。

心もすさむ。

オロールをみかねて、祖母は修道院行きをすすめる。

そこで、「生とは何か」「愛とは何か」を考えはじめる。






17歳のとき、祖母が亡くなる。

オロールは、祖母から遺産を相続したが、まだ未成年、後見人が必要だった。

母は後見人になろうと画策する。

オロールは、母から逃れるため、反対を押し切って、カジミール・デュドヴァン男爵と深い愛情のないまま結婚する。

カジミール27歳、オロール18歳。

翌年、長男のモーリスが誕生する。





新婚当初、夫に自分の夢を託していた。

家族の愛情にめぐまれなかったオロールは、理想の家庭を築くという平凡な夢を人並に描いていた。

夫との実りある会話、刺激しあえる知性、尊敬を分かちあう共感を望んでいた。

だが、夫は無教養で鈍感、狩りや酒や女にしか興味をしめさない。

しだいに、彼女は、心の中に埋めるすべのない空洞から、健康を害し、そして精神を病んでいく。





オロールは、その倦怠を、複数の男性との恋で紛らわした。

夫は、そのことを知りながら、気づかぬ振りをした。

オロールは、夫以外の男性の子を妊娠する。

長女ソランジュを出産。

オロールは罪の意識からか、娘に愛情を注ぐことができなかった。

母親からあまり愛されなかったこの娘は、のちにショパンの心を争うライバルとなって母親に復讐する。





1830年7月、オロールは、19歳の法律学生ジュール・サンドーと知り合う。

オロールはジュールの優しさに惹かれ、ジュールもたちまち恋のとりこになった。

その年、オロールに対する侮辱に満ちた夫の「遺言書」を発見したことから、夫婦関係はついに決裂。

一年のうち六ヶ月をパリで過ごす許可を手に入れる。

生活費は夫が毎月、夫婦の財産から支払うという条件だった。

オロール母子は、ジュール・サンドーと一緒にパリの屋根裏部屋に住んだ。






夫からの月々の送金だけではパリでの生活が不可能なことはすぐにはっきりした。

すぐに生計の道を探し始める。

ペンで自活するため、自分を売り込む。

そして、「フィガロ」紙に記事を書く仕事を得る。





ジュール・サンドーと合作で小説を書き、ジュール・サンドのペンネームで発表する。

サンドの勤勉さと才能に、自分の平凡さを自覚させられたジュール・サンドは、オロールのもとを去る。

オロールは、小説「アンディアナ」を書き上げ、ジュール・サンドをもじり、男性名のペンネーム、ジョルジュ・サンドの名で発表する。

女性解放、女権拡張を訴えた。

「アンディアナ」は、大反響を呼び、ジョルジュ・サンドの名は一躍文壇に鳴り響き、作家としての地位はゆるぎないものとなる。





女性の行動が制限されていた時代。

エスコートなしに、自由に行動し、そして、ドレスの裾を洗う出費を抑えるため、男装をした。

葉巻を吹かした。

思想も行動も当時としては、型破りな女で、さまざまなスキャンダルを生む。





1833年に、フロレスタン・ボーネル亭の晩餐会で、詩人アルフレッド・ミュッセ、出会う。

多くの知的な共通点が、二人を近づけた。

ミュッセは、文学界の寵児となりながらも、心に巣食う虚無感のために放蕩に明け暮れ、この時までに知り合った女性たちの多くは高級娼婦や売春婦であった。

初めて彼は激しい感情を抱いた。

ミュッセとの愛は、生きることへの癒しがたい倦怠感の底に沈み、命をたつことさえ望んだジョルジュに再び、愛することの、生きることの喜びを与えた。

ジョルジュ・サンド29歳、ミュッセ23歳。





二人は、愛を深めるため、ヴェネツィアに出発する。

マルセイユからジェノヴァに向かう船上で始まった、激しい下痢をともなったジョルジュの病気に、旅は予想だにしなかった展開を見せる。

耐え難い腹痛と高熱に打ちのめされたジョルジュの姿に、ミュッセの、ジョルジュに抱いていた幻想が崩れていく。

思い描いていた美しいイメージとかけ離れた目の前の女を、彼は憎んだ。

彼女に抱いていた気持ちを傷つけられたことを恨みに思った。

そばにいて看病するなど、思いつきもしない。





「ジョルジュ、僕は思い違いをしていた、僕は君を愛してはいないんだ」





という言葉を吐き、ミュッセは、夜ごと賭博場へ、街の女のところに行く。




今度は、ミュッセが発病し、17日間、半ば昏睡状態に陥り、高熱とともに精神錯乱の発作に見舞われる。

ジョルジュは、自分が診察を受けたイタリア人医師ピエトロ・パジェロを呼ぶ。

ミュッセは恐ろしい幻覚を生みだし、素裸で、大声でわめきながら部屋中を駆け回る。

片時も、ミュッセから離れず看病する。

パジェロも夜遅くまで彼女に付き添う。

しだいに、ジョルジュとパジェロの信頼が情熱的な愛情に変わっていく。





アルフレッドの意識は、半分朦朧としている。

ぼやけた輪郭がうっすらとみえる・・・・彼らはひとつのグラスを回してワインを飲んでいる。





やがて、ミュッセは回復する。

「君を愛していない」と言ったものの、彼にはジョルジュが必要だった。

燃えあがる嫉妬の感情は激しく、ジョルジュをおののかせた。





「正直に話してくれ、熱にうなされながら、僕はみた。医者と君が親密に、そうだろ。」

「誤解よ」

「見ろよ、嘘つきの顔を。君は僕を愛しはしなかった、一度も。嘘つき女、僕を愛したことなどなかった。」





とジョルジュの首を絞める。

ミュッセは、絶望に打ちひしがれる。

ミュッセは、ジョルジュをパジェロに託して、ひとりパリに戻る。





ミュッセのいないヴェネツィアはジョルジュの目のかつての輝きを失い、パジェロとの幸福も急速に薄れていく。





ジョルジュとミュッセは手紙のやりとりをする。

言葉が二人を再び結びつけた。






ジョルジュは、パリに戻る。ミュッセと再会する。

情熱が再び燃え上がる。



だが、最初の日から、アルフレッドの嫉妬が激化する。

繰る返される口論。絶望。





「・・・パジェロは僕らの中に存在する・・・彼は去った、それはわかっている・・・だが、彼は、君を変え、感謝の気持ちで自分を思い出すような何かを残していった。」





ミュッセは、ジョルジュのもとから去る。

ジョルジュは、会いたくてたまらなかったが、彼の方から歩みよってくるのを待っていた。

ところが、彼の兄ポールがジョルジュが訪問し、彼女に鍵を差し出した。

別れようという捨て台詞が、ついに脅しではなく、決定的な破局をもたらした。

いや、そんなはずはない!


彼女は安らぐこともできず、不安で気が狂いそうになる。

彼の家を訪ねる。が、会えない。

彼女は手紙を書く。書き続けた。

だが、彼の家族はすべての手紙を隠した。

彼のところに手紙が届くことはなかった。





彼女は、第三者に伝言を頼む。





だが、ミュッセの気持ちは動くことはなかった。





「許すことができないほど、僕は彼女を愛した。

それだけに、彼女の裏切りはひどすぎた・・・裏切りから受けた傷なら癒せる。

だが、嘘から受けた傷は癒せない。

僕は二度と彼女には会わない」





ジョルジュは、長かった黒髪を、自らの手で切り落とす。

二人の愛は終りを告げる。





ジョルジュはわが道を進んでいった。

彼女は、ノアンの所有権と子供たちの親権を取り戻し、年金と引き替えに夫と別れた。

その後も男性遍歴を重ねる。

だが、ミュッセとのような、エネルギーをすり減らすほどの恋はできないと思っていた。




1836年秋に、リストの愛人、マリ・ダグーのサロンで、ショパンに出会う。

ショパンを見たとたん、忘れていた情熱が蘇る。

感情が大きくうねりだした。

ショパンもまた、ジョルジュの慎み深さ、こまやかな心遣い、知性、優雅さに魅せられていく。

ジョルジュ34歳、ショパン26歳。





肺結核で、病弱なショパンを献身的に世話し、
彼の気分を少しでもよくするためにあらゆる努力をした。

ショパンが自己の芸術に専念できる環境を整えた。

ジョルジュは、彼にやすらぎを与え、深く愛し、理解した。

ショパンもまた彼女の愛にこたえ、彼女のためにピアノを弾いた。





だが、成長した二人の子供たちが二人の関係に影を落とすようになる。



1845年夏、息子モーリスは22歳、娘ソランジュは17歳。

母親の落ち着かない乱れた生活のために、母親の都合次第で、時に祖母に預けられたり、時には侍女や、次々と変わる家庭教師の世話にまかせっきりになり、彼らは、全く行きあたりばったりに育てられた。

母親の監督が行き届かず、きちんとしつけられなかった。

二人とも修養が足りず、利己的で思いやりがなかった。





母親に偏愛され溺愛されて育ち、母親の愛を独占したいモーリスは、心の中にショパンに対する嫌悪の念と激しい嫉妬を抱いた。

いつしか、一家の主人のように振る舞いはじめる。

ショパンに辛くあたり、嫌がらせをする。

ショパンの慣れ親しんだ下男を次々と解雇し、そのかわり自分の味方を引き入れ、ショパンを孤立させていく。

その状況のなか、ショパンは神経過敏になり、苛立ってかんしゃくを起こす。

ジョルジュと諍いがあった時には、母親にできるだけ同情的な態度をとり、母親を擁護する。

ジョルジュの心も次第に息子に傾き、息子を頼りにするようになる。





一方、ソランジュは、兄ばかりを偏愛し、自分を愛してくれない母ジョルジュに復讐するために、ショパンのジョルジュに対する愛情を、自分の方へ向けようと、ショパンを挑発的に誘惑する。

そんな二人を、ジョルジュが快く思うはずもない。

ソランジュは、母の男性関係について、あることないことを、ショパンに吹き込み、ショパンを嫉妬と猜疑心に狂わせていく。





ある日、ショパンと喧嘩したモーリスは、ショパンか僕かを選べ、と母に迫った。

結局、1846年、ショパンは一人ノアンを去る。





ソランジュは彫刻家クレザンジェと結婚する。

二人はパリで放蕩三昧をし、大きな借金を背負った。

二人はジョルジュの前の姿を現す。

ノアンの館を抵当にして借金を返したい、と脅かすような口調でジョルジュに迫る。

それが叶わないとわかると、暴力沙汰を起こし、散々荒らし廻ったあげく、持てるだけのものをいろいろ持ち去って引き上げた。

娘夫婦に立腹したジョルジュは、今後彼らを自分たちの家には出入りさせない決心をした。





ソランジュは、ショパンに、母親にひどい目に合わされ、ノアンを永久追放されたと告げた。

ソランジュは、自分の都合のように脚色し、ショパンの同情をひこうとした。

ショパンは、ノアンでの暴力沙汰の真相は知らされなかったので、妊娠している娘の体の具合が悪いというのに、ジョルジュがなぜそんなに娘に冷たくするのか理解できなかった。

そして、母親としてのジョルジュを非難する手紙を送る。





「彼らには、僕だけしかいないのです。僕は彼らを閉め出すべきだろうか?いや、僕はそうしない」





ジョルジュは、ソランジュ夫婦と手を切って、ノアンにやってくるという返事を期待していた。

また、ショパンが病気ではないかと心配していたジョルジュは、ショパンの手紙にひどく憤慨し、屈辱を感じた。

自分よりもソランジュを愛していると勘違いする。

女盛りの9年間を犠牲にして尽くした彼に裏切られたと解し、激しい怒りを覚え、憎悪の念がこみ上げてくる。





二人の関係に終始符が打たれる。





ジョルジュとの破局は、ミュッセと同様、ショパンの心身に致命的な打撃を与えた。

健康は急激な衰え、音楽の泉さえ枯れ果ててしまった。

もはや創作に慰めや喜びを見出すこともできなくなっていく。

ジョルジュと別れてからのショパンは死に一直線に向う。

ショパンは、死に至るその時まで、ジョルジュを思い続けた。

一方、ジョルジュもまた、破局後も、友人たちにショパンの消息を尋ね、健康状態を常に気にかけ続けた。





ショパンに去られ、最愛の娘にも背を向けられたジョルジュの胸中は深い悲しみに包まれていたが、その悲しみを原動力として、小説を書き上げ、次々と傑作を生み出していく。





二月革命の先頭にたつ。





晩年、ジョルジュのペンの方向性が変わる。

社会に疲れた人びとを一時的であれ、慰めることを使命と考えるようになる。

愛情・友情・信頼・自然をテーマにした作品を生みだしていく。

孫との幸せな生活が、ジョルジュを童話作家にする。

そして、文字を読めない社会層のために、演劇、人形劇によって、感動を与えることに、力をいれていく。





ジョルジュが46歳のとき、13歳年下の版画家マンソーと最後の恋に落ちる。

ジョルジュの愛人で初めてといっていいほど、頼りになる存在だった。

ふたりは同じように勤勉で、同じように自然を愛した。





「・・・つまり、私は彼を愛しているのです。

私は、心から彼を愛しています・・・そして、彼との年齢にもかかわらず、私の愛には驚くほどの静謐があります・・・私は変身したようです。

具合は良く、落ち着き、幸せで、すべてを、彼の不在さえも耐えています。

愛する者の不在を耐えたことのない私が言うのですから、おして知るべし

・・・私は幸せ、とても幸せです・・・

愛され、また完全に愛することができるのは、とても心地良いことですから、その終わりを予想するのは愚かなことでしょう

・・・私は46歳で白髪がありますが、そんなこと関係ありません。

人は若い女よりも年取った女を愛するのだということが、今わかりました。

継続すべきは人ではなく、愛なのです。

どうか神がこの愛を長続きさせてくださいますように。

なぜなら、これは善き愛だからです」





神は長続きさせてくれた・・・。





モーリスは、自分と5歳しか年の違わぬマンソーに対して、ショパンに見せたのと同じ嫉妬と敵意を抱く。

そして、マンソーを追い出しにかかる。

だが、今度はジョルジュがマンソーの後を追った。

ジョルジュは、マンソーを選んだ。

ジョルジュは、ノアンを去り、マンソーとともにパリ近郊のパレゾーに住み始める。

すでに、マンソーは結核におかされていた。

ジョルジュは献身的な看病をしたが、一年後マンソーは48歳の若さで息をひきとる。





ジョルジュは、孤独を友人たちに支えられた。
画家シャルル・マンシャル、作家フローベールなど。





1876年6月、ジョルジュ・サンドはノアンの館で、この世を去る。

享年72歳。



【アルフレッド・ミュッセとの恋】

年下のひと 特別版 
年下のひと 特別版
監督:ディアーヌ・キュリス
出演:ジュリエット・ビノシュ、ブノワ・マジメル

「年下のひと」
フランソワ=オリヴィエ・ルソー/吉田良子訳/角川文庫


赤く染まるヴェネツィア―サンドとミュッセの愛
赤く染まるヴェネツィア―サンドとミュッセの愛
ベルナデッド・ショヴロン/持田明子訳/藤原書店



【ショパンとの恋】

ジョルジュ・サンドからの手紙―スペイン・マヨルカ島、ショパンとの旅と生活
ジョルジュ・サンドからの手紙―スペイン・マヨルカ島、ショパンとの旅と生活
ジョルジュ・サンド/ 持田明子訳/藤原書店


ノアンの夏―ショパンとジョルジュ・サンド
ノアンの夏―ショパンとジョルジュ・サンド
ヤロスワフ・イワシキェヴィチ/つかだ みちこ/未知谷


ショパンの手紙
ショパンの手紙
ショパン アーサー・ヘドレイ/小松雄一郎訳/白水社




ショパンとサンド―愛の軌跡
小沼 ますみ/音楽之友社



【ジョルジュ・サンド全般】

ジョルジュ・サンド 1804‐76―自由、愛、そして自然
ジョルジュ・サンド 1804‐76―自由、愛、そして自然
持田明子/藤原書店



自立する女 ジョルジュ・サンド
小阪裕子/NHK出版


ジョルジュ・サンド―木靴をはいて月をとろうとした夢想者
ユゲット・ブルシャルドー/北代美和子訳/河出書房新社


ジョルジュ・サンドはなぜ男装をしたか
池田孝江/平凡社



【ジョルジュ・サンドの代表作】

愛の妖精
愛の妖精
ジョルジュ・サンド/宮崎嶺雄訳/岩波書店


薔薇と嵐の王子
薔薇と嵐の王子
ジョルジュ・サンド/ 田中真理子/柏艪舎


ジョルジュ・サンドセレクション (6) 「魔の沼」
ジョルジュ・サンド M.ペロー /持田 明子・大野 一道訳/藤原書店






ミュッセも、ショパンも、ジョルジュ・サンドと過ごした時期に後世に残る傑作を次々と生みだしている。

彼女は、才能ある男性の才能を、さらに輝かせる女性である。



だが、ジョルジュ・サンドとミュッセ、そしてジョルジュ・サンドとショパン、この二つの恋は、外的障害によって狂わされていく。

ミュッセのときは、医師パジェロ、そしてミュッセの家族によって、ショパンのときは、二人の子供たちによって・・・・。



ほんとに外的障害だけが原因なのか。

確かに、外的障害は、歯車を狂わせるきっかけになるかもしれない。

あくまで、きっかけにすぎない。

ほんとの障害は、自分の中にある。

自分のなかに生まれてくる驕(おご)り、プライド、猜疑心、嫉妬心が歯車を狂わせていく。

内的感情により、一度狂ってしまった歯車は、もう、もとには戻らない。

どんなに追いかけても戻ってはこないのだ。

誤解が誤解を生み、自分の意図に反して、大きく、大きく、狂っていく。



「愛」を語るのは簡単である。

だが、「本当の愛」は、生きる過程において、ありとあらゆる感情を味わいつくし、昇華させてはじめて、自分の中から溢れてくるのではないだろうか。

そこから、自分のなかに平和と静寂が生まれてくる。

相手がどうあろうとも、どう感じようとも影響を受けず、愛を流し続けることができる。



ジョルジュは、最後に平和な愛を知る。

二児の母として愛と創作に生き、時代に黙さず、民衆の側にたち闘った。

様々な経験を通じて、彼女もまた様々な内的感情を味わいつくし、昇華させたのではないだろうか。



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コメント
この記事へのコメント
トラックバック、真に有難う御座いました。
るるさん、初めまして、お早う御座います。トラックバック、並びにご来場等頂き、真に有難う御座いました。其れにしましても、随分と良くお調べに成りましたね。私の記事等は確かに「ジョルジュ・サンド」さんに関する事等でしたが、ここまでの悲しいまでの背景等の有る人だったとは思いもよりませんでした。しかし、素晴らしい情熱・才能・品性等を兼ね備えたどこまでも気品有る人だった等と知って、少しほっとして居る自分等も確かに居ます。こんな感じの私ですが、これからも何卒宜しくお願い申し上げます。
2005/08/10(水) 08:14:32 | URL | studio3000jp #-[ 編集]
TBありがとうございました
るるさん、はじめまして。
TBどうもでした。
この記事のようなことは知りませんでした。
どうもありがとう。
2005/08/10(水) 11:49:48 | URL | 晴薫 #XTEfMpaM[ 編集]
はじめまして。
るるさん、はじめまして。
トラックバック、どうもありがとうございました。
るるさんの記事、大変興味深く読ませていただきました。すごく上手くまとまっていてわかりやすいです。

サンド関連の映画では「ソフィー・マルソーの愛人日記」(引いてしまう邦題ですね;)というもあるそうですね。ソフィー・マルソーがソランジュ役で、ショパンとサンドとソランジュの関係を描いた作品だそうです。
いくつか検索した映画評では、あまり評判がよくないようですが、こわいもの見たさで観てみたい気がします。

こちらからもトラックバックさせていただきますね。
これからもよろしくお願いします。
2005/08/10(水) 14:58:47 | URL | ふわふわ #DL0dExLA[ 編集]
ふわふわさんへ
この日記を書くにあたり、
「ソフィー・マルソーの愛人日記」
は、一応観ました。

ここで紹介できないほど、ひどい、ひどすぎる映画でした。

オススメはしません。

どうしても、観たいというのなら・・・ふむふむ。
2005/08/11(木) 13:28:12 | URL | るる #-[ 編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2005/08/14(日) 21:10:11 | | #[ 編集]
はじめまして
るるさまTBありがとうございます。ショパンから知るとどうしても、彼女に否定的な見方をしてしまうものですが、そんなことないんですよね。これからもよろしくお願いします。
2005/08/19(金) 22:16:22 | URL | ケレーノ #a9IgqXcs[ 編集]
年下のひと
「年下のひと」の映画を
日曜日はじめてみました。
ジョルジュ・サンドの話を読んで
ショパンの前の話だと、
よくわかってきました。
2005/10/26(水) 16:24:47 | URL | bunchan #LT.oE4X.[ 編集]
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