
↑みたいなタッチの絵、見たことありません?
女性が集う、高級○○ていう場所で、必ずっていうほど見かけます。
ブティック、宝飾店、レストラン、化粧品店、エステサロンなどなど。
今回は、この絵を描いた女性の話です。
恋は生きることのすべて ―マリー・ローランサン
1883年、パリのシャブロル街63番地に生まれる。
母親は、マリーを未婚で産む。
父親は、20歳年上のソム県ペロンヌの代議士。
だが、認知はされていない。いわゆるマリーは私生児として生まれる。
21歳のとき、画塾アカデミー・アンベールに入り、本格的に絵画の勉強を始める。
そこで、ジョルジュ・ブラックと知り合い、彼を通じて、ピカソ、ルソー、マチスなどと親交を深め、キュービズム運動の画家たちとも接近する。
彼らの溜まり場だったアトリエ兼古いアパート「洗濯船」のミューズ(女神)と言われるようになる。
マリーは男達を夢中にさせた。
マリーのもつ独特の世界観が彼らを魅了する。
最初の恋愛相手となる小説家アンリー・ポエール・ロシェはマリーの絵を、せっせと画商に売りこんだ、売れなければ彼自身が絵の買い手となった。
その頃、ピカソの紹介で、天才詩人ギョーム・アポリネールと出会う。
彼も例外ではなかった。
アポリネールは、マリーに詩的霊感を与え続け、マリーが芸術家として自覚するよう援けを惜しまなかった。
マリーを他の画家・詩人・画商・庇護者(パトロン)に紹介し、画壇のプリンセスに押し上げていった。
マリーは芸術の世界における地位を確立していく。
アポリネールは、手当たりしだいに女と寝ていた。
反面、マリーへの所有欲は強く、彼女の自由を認めようとはしない。
激しい個性と鋭い感性のぶつかり合いは亀裂を生む。
二人の別れを決定づける事件が起こる。
アポリネールがルーブル美術館で起きた「モナリザ」盗難事件の共犯容疑で逮捕されたのである。
疑いは晴れたが、事件後アポリネールは、ますますマリーに執着するようになり、自由を奪っていった。
30歳のとき、最愛の母を亡す。
母の死、アポリネールとの亀裂、マリーは孤独に耐えられなくなっていた。
そんなとき、ドイツ名門貴族で画家のオットー・クリスティアン・フォン・ヴェッチェンと出会う。
数ヶ月後、オットーからの結婚の申し込みを承諾する。
私生児が男爵夫人に成り上がったという事実に酔いしれた。
だが、1914年第一次世界大戦が勃発。
ドイツ国籍になっていた彼女は、故郷フランスを追われた。
スペインに亡命する。
その後、5年にわたる地獄の亡命生活を送ることになる。
スペイン政府にスパイ容疑をかけられ、つねに監視下にあった。
手紙も荷物も検閲を余儀なくされた。
頼りの夫は、粗野で女性の心を解さない男だった。
しだいにオットーは、アルコールに溺れ、数多くの愛人をつくり、家を空けることが多くなった。
実質的な結婚生活は三ヶ月で終わる。
マリーはどんな環境にあっても、誰かが彼女を気にかかえてくれること、やさしい情愛を交わす相手がそばにいることが必要だった。
次第に神経を衰弱していく。
ただ、絵を描くことが救いのはずなのに、それもできない、悪循環に陥ってしまう。
ピカソがマリーのことを「スペインに行ってから才能が衰えた」と相手かまわず吹聴しているというのを耳にする。
マリーをいっそう傷つけた。
マリーの失意を慰めたのは、パリに住む人気デザイナー、ポール・ポワレの妹ニコル・グルーだった。
この交流は、マリーに同姓愛に対する目覚めをもたらす。
ニコルの存在が、マリーに自信を回復させ、創作意欲を与えた。
が、ニコルがパリに帰ってしまうと、前よりもひどい孤独に陥った。
その寂しさを愛人たちとつかの間の恋をして、まぎらわした。
一方で、フランス将校として戦場にいるかつての恋人、アポリネールのことが頭から離れなかった。
アポリネールが結婚したという報告を受け打撃を受けた。
非情にも彼を捨て、自分はさっさと結婚したにもかかわらず、アポリネールは、生涯独身でいるものと勝手に信じていたのだ。
夫の不在、フランスからの追放、画壇からも忘れられ、かつて愛してくれた男の結婚。
「捨てられた女より、もっと哀れなのは、よるべない女です。
よるべない女より、もっと哀れな女は、追われた女です。
追われた女より、もっと哀れなのは、死んだ女です。
死んだ女より、もっと哀れなのは忘れられた女です。」
アポネールの危篤と死亡という知らせが届く。
オットーは、酒溺れ、働かず、財産を食いつぶした。
マリーは絵を売って生活費にあてた。
経済的にどんどん行き詰っていく。
ドイツ人の妻であるという理由で、フランスに戻れない。
形ばかりの夫婦なのに、彼女はオットーを失うのが怖かった。
愛する女の愛人ニコルも、戦争から夫が戻ると夫婦の情愛を取り戻し子供を儲け、マリーとの情愛を拒むようになっていく。
オットーを失えばマリーは文字通りひとりぼっちになってしまう。
不安と孤独とうつ病に苛(さいな)まれた。
戦争が終わり、「パリに戻りたい」という切望が高まり、フランス永住許可を得て、パリに戻る。
パリでの個展を大成功させ、再び画壇のプリンセスへと返り咲いた。
オットーと離婚をする。
画風にも変化が現れ、それまで寄り添っていた「憂い」が消え、繊細さと華やかさと官能性を併せ持つ、夢の世界の幸せな少女像を生み出した。
マリーに肖像画を描いてもらうことがパリ社交界の流行となり、舞台装置や衣装デザインなども手がけ、成功の階段をのぼっていく。
たちまち、時代のスターになった。
プライベートでも崇拝者たちに囲まれ、ちやほやされた。
恋愛ゲームを楽しんだ。
時代の流れの中で人の好みは変わっていく。
世間は、マリーの作品はもはや時代遅れだと酷評した。
いつしかマリーの存在は忘れ去られていく。
老いて、醜くなり、女の魅力が失われると同時に創作力も気力も失われていくようになる。
家政婦であり、情愛の相手だった、21歳年下のシュザンヌ・モローは、嫉妬心から、マリーの友人・情愛の相手を締め出し、遠ざけた。
マリーもまた捨てられることを怖れ、シュザンヌの思うままにさせる。
マリーは彼女を養女にした。
マリーは72歳のとき、心臓発作でこの世を去る。
寂しい最後であった。
マリー・ローランサン美術館公式ページ
【書籍】
「恋を追う女(ひと)―小説マリー・ローランサン」
山崎 洋子 (著) 単行本 (1996/05) 集英社
「マリー・ローランサン」
ジョゼ ピエール (著), 阿部 良雄 (翻訳) 単行本
(1991/09)美術公論社 (1991/09)
「マリー・ローランサン」
フロラ グルー (著), 工藤 庸子 (翻訳) 単行本
(1989/10) 新潮社
マリーは「恋愛ゲーム」を楽しんだ。
マリーは愛というより、快楽を楽しんだ。
次から次へと愛人をつくった。
パリでスペインでドイツで、何人もの男と寝た。
ちやほやされることに快楽を感じ、それに酔いしれた。
孤独を、他者からの関心で埋めようとした。
甘い微笑で相手を誘い、相手からありったけの愛を奪うくせに、自分はその愛に応えない。
相手を傷つけ、自分も傷つく。結婚も気まぐれだった。
本当に自分を愛してくれたアポリネールの存在の大きさにも気づかず、簡単に捨ててしまう。
「恋愛ゲーム」を楽しむ人には、どこかしら自信がない。
自分を愛してくれる相手がいなければ、自分を無価値と感じ、不安から次々と恋をしてしまう。
若さと肉体的衰えに恐怖を覚える。
マリー・ローランサンもまた晩年、人との接触を拒んだ。
年齢や顔の皺ではない。
“あきらめ”が女性の魅力を衰えさせるのである。
現にマリーと親交のあった、同じ年のココ・シャネルは60歳になっても、恋と野心から遠ざかることはなかった。
恋のためスパイ容疑をかけられ、スイスに亡命せざるを得なくなったが、その愛を貫いた。
マルグリット・デュラスは、66歳のとき38歳年下のヤンと恋におち、亡くなるまでの16年間愛を育んだ。
そして、世界的大ベストセラーとなる「愛人/ラマン」を生み出す。
一見「恋愛ゲーム」に思えるが、彼女の恋には常に激しい情熱がともなっていた。
自信と情熱の積み重ねが、年齢・肉体を超えた女性の魅力を引き出し、輝きを与える。
マリー・ローランサンの絵は、いまもなお、私たちに感動を与えてくれる。
才能ある女性なのに、なんだかもったいないな!
応援GO!GO!
マリー・ローランサンは名前しか知らなかったので、興味深く読ませて頂きました。
画風が変化する前後の作品を見てみようかと思います。
アール・デコ展へのTBから、マリー・ローランサンのこんなに興味深いエピソードに出会えるとは思いませんでした。
私はローランサンについては宝塚の舞台がきっかけで興味を抱くようになったというちょっと変わったパターンです。
後年の絵の甘い少女の世界観がとても好きです。
そしてとても興味深いブログですね☆
私はヒロイン好きといいますか、そういうさまざまな女性の生き方を知るのが大好きなのでこんなブログさんと出会えて幸せです。
これからも楽しみにしています。
ローランサンの絵大好きです!
凄くセンスあふれる丁寧なブログですね。勉強になります。
美しいものに触れ、興味を持って、
勉強して、知識を広め、自身に反映して・・・・一つ一つ、前向きにいければと思う今日この頃です。
今後も素敵なサイトでありつづけますように!(*^o^*)
ありがとうございました(^o^)/
<ミラボー橋> ギィヨーム・アポリネール
ミラボー橋の下をセーヌ河が流れ
われらの恋が流れる
わたしは思ひ出す
悩みのあとには楽しみが来ると
日も暮れよ、鐘も鳴れ
月日は流れ、わたしは残る
手と手をつなぎ顔と顔を向け合はう
こうしていると
われ等の腕の橋の下を
疲れた無窮の時が流れる
日も暮れよ、鐘も鳴れ
月日は流れ、わたしは残る
流れる水のやうに恋も死んでいく
恋もまた死んでゆく
命ばかりが長く
希望ばかりが大きい
日も暮れよ、鐘も鳴れ
月日は流れ、わたしは残る
日が去り、月がゆき
過ぎた時も
昔の恋もふたたびは帰らない
ミラボー橋の下をセーヌ河が流れる
日も暮れよ、鐘も鳴れ
月日は流れ、わたしは残る
(「月下の一群」堀口大學訳より)
でも、絵はどこか寂しげだよね。
PS:TBどうも、でも何故僕をしってる?
まっこれからも宜しく。楽しみにしてます。
おじゃましますっ
気になったのでコメントさせていただきました。
♪恋は生きることのすべて♪
―マリー・ローランサンー
うぅぅ~ん~~
いいフレーズですね。
私もこんな一言を~~
言ってみたいです。
こんな一生だったなんて・・・
あの夢のような絵からは、想像できません。
素敵なブログです!
これからも楽しみにお邪魔させて頂きます。
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